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2011年日本一おめでとう!福岡ソフトバンクホークス!
2011-11-21 Mon 22:02
2011年日本シリーズ
昨日第7戦目が行われ福岡ソフトバンクホークスが中日ドラゴンズを3対0で破り4勝3敗として日本一の座に輝きました!

第1戦 ●ホークス1-2ドラゴンズ
第2戦 ●ホークス1-2ドラゴンズ
第3戦 ○ホークス4-2ドラゴンズ
第4戦 ○ホークス2-1ドラゴンズ
第5戦 ○ホークス5-0ドラゴンズ
第6戦 ●ホークス1-2ドラゴンズ
第7戦 ○ホークス3-0ドラゴンズ

第1戦、第2戦ホークスは延長10回抑え投手馬原が打たれ連日の敗退。ホーム戦で勝てないという未曾有の事態に…。
しかし決戦の地をナゴヤドームに移してからホークスが3連勝でビジター戦ももろともしません。
王手を掛けていざホーム福岡で日本一を決めよう、胴上げを見ようと思った第6戦、中日に軍配。逆王手とされます…
そして迎えた昨日の試合第7戦。
中日の硬い投手陣から少しずつ点を奪いそれを継投で守りきってホークスが勝利!
中日の投手力もさることながらホークスだって負けてはいませんでした!

ほぼ毎日が僅差での戦いが続き面白い日本シリーズになったのはないでしょうかw
打撃戦にはならなかったのは残念ですが今のホークスのチーム状況だとパワーで派手にいくよりも地道に点を稼いで守りきるプレイスタイルなんでしょうね^^;
昔はパワーで大砲が何人も居た時代がありましたからね。
100打点カルテットというのも存在しました。
その時代の選手はもう結構歳喰ってますしやはり時代の流れといいますか…

ホークスの若手は大抵足で稼ぐ人材が多いと思います。
川崎とか本多とか長谷川とかね。
松田は足に加えてパワーもあるし!

かくいう現在のホークスの監督である秋山監督も現役時代は走攻守を兼ね揃えた万能選手。
西武時代は清原と共に西武黄金時代を担った一人でもあります。「AK砲」と呼ばれる位にね。
打撃力はある、投手には工藤もいる…西武が強いわけです^q^
ダイエーに来てからも中軸張ってましたし何しろ強肩だからバックホームでどんどん刺してくれる。
私の印象に残る外野形態は左翼バルデス、中堅柴原、右翼秋山ってね。
まぁバルデスの守備力は糞に等しいので守備固めとして村松とか大越とか荒金だったなぁw

そんな秋山もまだプレーできるだろう!って歳に引退しちゃって…
諦めんなよ!工藤や清原を見習ってみろって!「あぶさん」に至っては怪物クラスなんだってwwwと思ったのですけど引退は引退…
その後解説者をやっていたのですが2軍監督にお呼ばれして再び王監督のもとへ。
そして王監督が退いて今現在の秋山監督へ。
実際まだプレーできるんじゃないかと思うんだよね、今現在もw

1999年日本シリーズ
福岡ダイエーホークス対中日ドラゴンズ
4対1でホークスが日本一に。

2000年日本シリーズ
福岡ダイエーホークス対読売ジャイアンツ
2対4で巨人が日本一に…

2003年日本シリーズ
福岡ダイエーホークス対阪神タイガース
4対3でホークスが日本一に。

中日とは1999年にも当たってます。
この頃工藤がやっぱり凄くてね…抑えにペドラザとか。中継ぎに吉田、岡本っていたんよ。
この時の中日の監督は星野。4年後再びこの星野監督と日本シリーズで激突することになる。
2000年、私がホークスファンになったきっかけがこの2000年に日本シリーズです。
ホークスの相手は巨人。とりあえずウチの母親はアンチ巨人だったので一緒になってホークスを応援してたらいつの間にか選手の名前とか打順とか出身地、背番号まで覚えるようになりましてね^^;野球のルールもろくに知らないのにホークスが好きになってました。
この頃中学2年。野球に興味を持ち始めたのがもう少し早ければ少年団にでも入ってたんでしょうけどね…遅かったです。とりあえず野球の知識を学ぶ為にパワポケ(パワフルくんポケット)を買って毎日の様にGBAで遊んでましたよw
ここで球種だとかスクイズだとか犠牲フライだとか今まで知らなかった知識を入手。その後初代PSを友人から借りてパワプロ2000春をやって制球コースとか継投、采配など勉強しました。
ここで大事なのはこの年のホークスの相手が巨人であったこと。
この年王貞治と長嶋茂雄の名将同士の「ON対決」が実現したからです。

決めた!俺は王貞治についていく!

これがホークスのファンになる第一歩でした。

2000年ホークスの主力投手は田之上、星野と言ったところ。しかしこの年から巨人に移籍した工藤が大きな壁となった…。毎晩のニュースで徳光和夫が大騒ぎ、それを抑えるような冷静の江川卓。この時から徳光が大嫌いでねwwwwますます打倒巨人に拍車がかかったのですよwいつか日本シリーズで巨人を潰してやる!とねw
「ON対決」はその後みることはできなかった…
長嶋が体調を崩し王も退任…もう当時の屈辱を晴らせないんだな…

2003年星野阪神と日本シリーズで当たることに。確実に星野は中日監督時代の屈辱を晴らしにきてる…
相手は万年最下位と謳われていた阪神。赤星の盗塁数は異常だったし金本の威圧感も満点であった。若手の鳥谷の存在も大きく正直かなり怖い球団である。それにファンの応援が凄まじい。福岡のファンも負けてはいないが勢いに乗ったチームと阪神ファンのマッチは異常であった…。第1、2、6、7戦は福岡ドーム、第3、4、5戦は甲子園球場での試合。1、2戦でホークスが2連勝するも甲子園球場に場を移した途端空気が一変。阪神が息を吹き返した様に強さを発揮した。この年ホークスはバルデス、井口、松中、城島の「100打点カルテット」という最強打線に加え、斉藤、和田、杉内、新垣のメイン先発があった。ズレータも100打点近くまで打点を稼いでいたし、怪我をしていた小久保も打線に加われば尚更のこと最強この上なかっただろう。しかし2004年に小久保が巨人へ無償トレードされることになり私の描いた理想像が水泡ときした…
日本シリーズは4勝3敗でホークスの勝ち。人工芝と天然芝の影響が大きくでた日本シリーズでもあったといえよう。最終戦も互いに全力を出し合っての良い対決でした。

プレーオフが導入されホークスに陰りが見え始める…どんなにリーグで1位になっても2位、3位に潰されるプレーオフ…導入当時アドバンテージなんてものがなかった…色々と今では改良されたがアドバンテージ制が早くからあればホークスはまた違った時代を歩んでいたのかもしれないと思うと悔しい…。今でもプレーオフ制には納得はいかないんだけどな…

ずっと苦しんで苦しんで…
打線の主力であった井口、城島はメジャーへ…ズレータはロッテに…
ダイエーが破綻し球団はソフトバンクへ売却…一時期色々スポーツ新聞で取り上げられていた…
巨人の取られた小久保は年老いてからホークスへ帰還…
色々な選手が怪我したりしながらもAクラスをキープしていたのにプレーオフが壁となる。
しまいには最下位でシーズンを終えることも…まさかあのホークスが最下位だとは…
ソフトバンクが補強を重点を置き少しずつ核が揃ってきた。それと同時に若手も成長し始め中核を担う人材に。
そして今年2011年ホークスは日本一に返り咲くことになったのだ…
長かった…日ハムが北海道にきてもホークスファンを辞めずに応援してきた甲斐があった。

今回の日本一は嬉しい。
中日の負けない野球を打ち崩し競り合って勝った日本一。
また来年みれることを期待したい。

おめでとうホークス。





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